マイセトーマ制圧をめざした新薬創出への想いを語る

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2023年12月4日掲載

マイセトーマは、患者様やそのご家族はもちろんのこと、医療関係者においても疾患認知度が低く、どこにどれだけの患者様がいるかという疫学情報も乏しく、治療ガイドラインも整備されていないことから、「最も顧みられない熱帯病」といわれています。このマイセトーマについて、エーザイは開発パートナーのDNDi(Drugs for Neglected Diseases initiative:顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ)と共にスーダンにおける臨床開発を行い、申請準備を進めています。最も顧みられていない疾患ならではの壁に真摯に向き合うプロジェクトリーダーのお二人に話を伺いました。

Deep Human Biology Learning (DHBL) Microbes & Host Defense Domain (MHD) ディスカバリーリード 畑 桂さん
サステナビリティ部 ディレクター 中野 今日子さん 
リニューアルした筑波研究所において

E1224の歴史やパートナーとの出会いについて教えてください。

畑:エーザイにおける感染症の研究は、筑波研究所が開所した1980年頃から始まり、1990年には真菌症の治療薬創出をめざしたプロジェクトが発足し、ラブコナゾールが創製され、さらにプロドラックとして溶解性や生体内利用率を向上させたホスラブコナゾール(開発コードE1224)が開発されました。
ラブコナゾールはベネズエラ科学研究所のウルビナ教授により、シャーガス病の原因寄生虫に対する強い活性を示すことが報告され、DNDiから共同開発が提案され、ボリビアにて臨床第Ⅱ相試験が実施されましたが、残念ながら、本試験では有用性は証明されませんでした。

一方、2014年にスーダンのハルツーム大学マイセトーマリサーチセンター(MRC)のファハル教授らによって、真菌性マイセトーマの原因病原菌に対しラブコナゾールが強い抗真菌活性を示すことが報告され、2015年にはDNDiと今度はホスラブコナゾールについてマイセトーマの新規治療薬としての共同開発を開始しました。2017年には、DNDiおよびMRCとともに、真菌性マイセトーマを対象とする世界初の二重盲検臨床試験をスーダンにおいて開始し、ホスラブコナゾールの有効性を評価し、現在、スーダンでの申請に向けた準備を進めています。
ホスラブコナゾールは、開発に際して一旦導出されたり、シャーガス病に対する開発では結果が出ないなどの紆余曲折を経ながらも、化合物として優れた特性を持ち、様々な出会いのもと多くの人の手や知恵を借りながら粘り強く研究を続けることができました。また、限られた経営資源のもと、経営陣が研究を継続させ、将来的な新薬の芽を信じて一緒に育ててくれたのはエーザイならではの環境のおかげだったと思います。企業として、研究者として諦めない精神が、その先にいらっしゃる新薬を待ち望む患者様への貢献に繋がると信じています。

臨床試験での難しさや乗り越えた先にある学びとは?

中野:臨床試験はDNDi主導でMRCにおいて進められたのですが、本試験はマイセトーマにおける世界初の二重盲検臨床試験というだけではなく、MRCにとっても初めての治験でした。先ずはスタッフの研修が必要で、治験実施に必要な複数の研修がスーダン国内外で行われました。そして最も大きな困難が伴ったのは患者様を見つけ、治験にご協力いただくことでした。スーダンだけではありませんが、蔓延地の多くは貧困な遠隔地にあり、我々が考える医療体制が整っていません。身体の具合が悪ければ病院に行くべきという発想がなく、蔓延地での最初の選択肢は祈祷師です。マイセトーマをはじめとする多くの疾患の概念が無く、西洋医学で効果が示された薬を内服して治療するという発想もありません。何とか診断がついたとしても、治療を受けられる病院は日帰りで行き来できる距離にありません。自宅から遠いバス停まで行き、時刻表のないバスに何時間も揺られて病院にやっと着くといった状況のため、臨床試験に参加すること自体が心理的、物理的、経済的に難しかったのです。

文化や慣習の壁もあり、女性一人の遠出に抵抗を感じる方が多いという状況もありました。識字率が高くないので、同意説明文書の代わりにイラストを準備して患者様に説明するなどの工夫も行われました。開発途上国での治験に慣れたDNDiにとっても、前例がなく難易度の高い大きなチャレンジだったはずです。エーザイにとっても、この様な疾患の治験は初めてで、パートナーであるDNDiとの連携なしには到底実施できませんでした。診断できる医師は世界的にもごく僅かしかいない、患者様を見つけることさえ難しいマイセトーマに関する治験を推進するには、先ずは最初の一歩を踏み出し、細くても先が見えなくても、とにかく道を拓いて行くことが何より重要でした。
将来、承認を取得して薬が提供できるようになっても、即座に患者様が来院して治療が進むという様な環境にはありません。これまでもスーダンの蔓延地における疾患啓発、医療団派遣と患者様への診断と治療の提供、医療関係者への研修などをNPO法人「難民を助ける会(AAR Japan)」の協力のもと進めてきましたが、その他にも疫学調査、治療ガイドライン制定、疾患の理解促進と診断薬開発、蔓延国における医療体制整備など、今後必要とされることは患者様を取り巻くありとあらゆるステージに山積しています。 私達の仕事は薬を作って終わりではなく、それを患者様が服用して効果を示すことで、結果として周囲の方々も含めて生活が改善して、初めて完遂するのです。引き続きパートナーシップを活かした連携を進め、できるだけ多くの患者様にできるだけ早く薬をお届けすべく、できることを一歩一歩進めて参ります。

畑:心に残るエピソードとしては、2016年にナイロビで開催された国際会議の先に、ファハル教授が我々を部屋に呼んでくださり、日本とともにマイセトーマの治療薬の開発を進めることを歓迎し、温かく励ましてくださったことがあります。2017年のファハル教授の来日を経て、2018年には我々がスーダンを訪問し、ファハル教授を始めとするMRC関係者に加えて、患者様にも会う機会を得ました。アカデミアの先生やパートナーとの良い関係性を構築し、さらに深化させることが、今回のマイセトーマ治療薬の研究開発をうまく進めるのに必要不可欠でした。本年6月には、ナイロビでDNDi主催による第一回マイセトーマ専門家会議が行われ、ファハル教授を始め30人前後のマイセトーマの専門家が集い、エーザイも発表や司会役の機会を得ました。会議では、疫学や臨床研究など多くの議論が活発に展開されました。
顧みられない熱帯病に対する取り組みにより期待される長期的な視点での社会善とは?

中野:当社によるマイセトーマへの取り組みはhhc理念があるからこそ推進できていると思います。患者様の状況を改善することこそが我々の「使命」であり、その結果として「売上」「利益」がもたらされる、効きそうな薬が手元にあるからにはやってみましょう、と進めてきたのはhhc理念があって初めて可能だったのだと思います。現在スーダンは大変な状況にありますが、患者様の厳しい状況は変わっておらず、我々は新薬の申請に向けた準備を着実に進めています。

hhc理念についてはこちらをご覧ください。
 

畑:マイセトーマを含む顧みられない熱帯病への取り組みが、当社において、理念が導くビジネスドメインと位置付けられていることは大きいと思います。また、スーダンで実際に患者様とお会いしたことは、プロジェクトを推進するモチベーションに繋がっています。
中野:hhc理念に対するパートナーの共感も得られていると感じます。hhc理念は、世界のどこに行っても人と人を結びつける普遍的な価値と魅力を持つ理念だと思います。お金さえあれば推進できるという類のことではないマイセトーマプロジェクトにとっては、理念が大きな支えとなっています。

畑:長期的に見て、熱帯病に苦しむ患者様が元気になり就労が可能となれば、感染症と貧困の負の連鎖を断ち切ることができます。このことは、健康憂慮の解消や医療較差の是正といった社会善を効率的に実現していく我々のミッションに繋がると考えています。

将来的にはマイセトーマに苦しむ子供達を救いたい。我々がやるべきことは未だ沢山あります。

中野:マイセトーマ患者様には子供も多いそうで、7、8歳頃から増え始めると聞いています。マイセトーマが進行すると、子供は外で遊べなくなり、学校に行けなくなり、やがては就労や結婚など、人生全般に影響します。負のスパイラルに人生の早い段階から陥ってしまうことは、避けられるようにしたいです。今後小児への適応を広げるには追加のデータが必要で、時間がかかり困難も想定されますが、この状況は何とかしたいと、パートナーの皆さんとも話しています。我々がやるべきことはまだ沢山あります。

畑:小児に適応を拡大し、早期の治療が可能となれば、足の切断手術をする必要もありません。簡単な道ではありませんが、関係者との連携を深め、早く臨床試験を実施したいと考えています。

  • 熱帯病のこれまでの歩みはこちらをご確認ください。

https://www.eisai.co.jp/innovation/research/key_therapeutic_areas/ntds/index.html

 

  • マイセトーマの疾患に関してはこちらをご確認ください。

https://www.eisai.co.jp/sustainability/atm/ntds/diseases/mycetoma.html

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